まわりが笑っていたら、じぶんはそこに入らなくてよかった。
ほかの子たちと騒ぐより、彼らが遊ぶのを眺めているほうがワクワクした。おとなを観察するのは特に好きだった。どんな秘密を話しているのか、興味がない素振りでいつも耳を澄ましていた。
もうすぐ小学生になる頃、じぶんが滑稽なことに気がつく。すこし離れてニコニコしているだけの僕は、友達やおとなを不安にさせていると感じた。遊びのつもりで、みんなの真似をしてみる。おとな達がこぞって褒めてくれるので、面白くてしばらく続けていた。
小3にもなると、真似ばかりで周囲からの安心をまかなうのは難しくなっていた。ありもしない「じぶんらしさ」を探すたびに、誰かとぶつかる。僕は、むかしは素直だった子になった。
おとなになって、僕もわかったような顔で人を論じてしまう。
あの賞賛をなげたとき、相手の戸惑いに気がつけなかった。失望したあとで、かけた期待が相手の希望から離れていることへは、思い及ばなかった。
隣に座って「これも楽しいね」と言ってほしかっただけの子どもが、離れたところで勝手な解釈に浸るおとなになっていた。